詩蒐はまだ終わらない

 詩というカタチで、呟き、叫び、疾る (再びコチラに引っ越しました)

誰が悲劇のヒロインか

父の怒声は大きな音で
雷鳴みたいで中身が聞こえぬ

頭はボコボコこぶだらけ
骨が床にゴツゴツ当たり
髪がブチブチむしられて
三半規管が拒絶反応
時々吐いて蹴り上げられる

母の呪文は低い声
耳から入って内から蝕む
心をジワジワ侵食する
神経繊維をプツプツ切って
身体はギュッと硬直する

痺れが外へ向かって
痛みへ変わり広がっていく
脳も皮膚もただれゆく

すべてが暴力
ときどき拷問
思考回路を破壊され
逃亡を諦める多くの子供

信頼できる大人はいない
積極的な大人は迂闊で
目を逸らす大人は狡猾で
口ごもる大人は能なしで

私たちには行き場がない
安心できる寝ぐらがない

幸せな子供に見える世界は
半径たったの5メートル
同情する子は無責任
非難する子は愚か者
羨む子には徒労感

話すことをせっつかれ
二つ三つの事情を話せば

有り得ないと嘘つき呼ばわり
お前に瑕疵があったのだろうと色眼鏡
うちもみかん投げられるって
マウンティングが的外れ

もうひとつ説明したならば
不幸のヒロイン気取りだと
映画や小説の話だと
ドラマティックで羨ましいと

子供が死んだニュースに怒り
鬼畜な親だと罵る人々

だけど隣の席の子が
いつも明るい友達が
暴力の中にいるなんて
信じられない
信じたくない

ソレは被害妄想
ソレは過剰包装
ソレは創作物語

だってニュースは特別で
だからニュースになるわけで
画面の向こうのお話で

パパとママが喧嘩した
それは大きな事件なのに
それで私は不幸なのに
私の不幸を小さくしないで
今日の悲劇のヒロインは私

否定する言葉の裏側は
誰も彼もが自分基準
理性も論理も失って
私が私が私が私がと
頭の中のこだまが見える

そうやって
大人も子供も偏狭で
遠回しに
時には非情に直接的に
自分の世界から弾いていく

身体的に心理的に社会的に
絶望的な孤独をくれる人々よ

素敵な贈り物を
ありがとう
賢明になれる裏切りを
ありがとう

お陰様です
今わたしはあなたを信用しない
誰のことも信用しない

だから
悲劇のヒロインごっこ
巻き込まれない

そうして
何者にも傷つかない

教えないけど
本物は
悲劇のヒロインなんて
ばっかみたいで
興味ないのよ